愛のフォトコンテスト
2008-03-29
俺の故郷、小樽の冬の一大イベント『雪あかりの路』。今年で10回を迎え年々このイベントに訪れる人も増えているようです。そして先日、このイベントにおける『愛のフォトコンテスト』の結果発表がありました。
小樽 雪あかりの路 HP 「愛のフォトコンテスト」
そしてそして、このブログにリンクして下さっている『小樽ではたらく本部長』さんが、なんと、二度目の準グランプリを獲得されました。ホントに喜ばしいことで嬉しいです。
コンテストで入賞された作品はどれもとても幻想的で気持ちの暖かくなるような写真ばかり。普段の生活の中で忘れてしまっている大切な何かをフッと想い出させてくれるものが沢山ありました。
こちらはグランプリを獲得された方のブログ。受賞作品の他にも何点も載せていらっしゃいます。また、撮影のエピソードなんかも記事にされていて興味深いです。
小樽という街は外からみると割と良いイメージが定着しているようで、多くの観光客の方も訪れてくれます。しかし実際は財政面を始めとして多くの問題も抱えており、何より活気が乏しい状態です。そんな状態から抜け出す為にもこう言ったイベントが一つの起爆剤になれば、こんな素晴らしいことはありません。
ソープオペラ
2008-03-29
アメリカのソープオペラと呼ばれるカテゴリーのドラマを初めて見ました。日本で言うところの『昼ドラ』です。見たところ受ける印象も日本の昼ドラと似たような感じでした。
アメリカのTVドラマは日本でも人気があり、いくつも入ってきていますが、そういった人気ドラマとは明らかに質の差が見えます(^^;)。
俳優の演技、演出、セット、小道具、音楽の使い方・・・等々からリアリティの乏しい映像が生まれていました。特に洋画はいつもちゃんとした質の高い映像を中心に観ているせいもあり、そのギャップは著しいです。製作費の少なさやドラマを作るスタッフ・キャストのレベルが見えます。
そして欧米の方から見ると、日本のメジャーなドラマでも、こういったソープオペラよりレベルが低いと言われているようです。実際そう言われると俺も観ながら何かにつけて比較してしまいます。そして比較したところ、概ねその通りだと思います。日本で製作されるTVドラマの全てがそれ程酷いのかというと、そうでないものもあるとは思いますが、そういったドラマと出会うことは非常に難しいと思います。
俺は日本のドラマを観ていると、ずーっとツッコミを入れっぱなしのことがよくあります。話の流れがおかしかったり、辻褄が合わないことがあったり、役者(?)の芝居がおかしかったり・・・云々と。何よりも気になって仕方ないのは、映像にも役者の芝居にも奥行きが無く、リアリティも説得力もないこと。そうなると観ていても引きつけられるものは何も無く、ストーリーにも入り込めず、主役の感情の流れにも乗れないです。
ドラマを観るにあたって何を求めるのか?俺としてはやっぱりワクワク、ハラハラ、ドキドキ、と感情を揺さぶって欲しいし、“人間”を見たいと思う。「わかっちゃいるけど理屈じゃどうにもならない感情のうねりとそれによって起こされる人間ドラマ」を観たい。例え現実には在りえない設定やストーリーでもそこに引き込んで欲しいしその世界を味わいたい。そしてそれこそがエンターテイメントの持つ素晴らしさです。だからこそ人は劇場に足を運んでくれるものと思う。
演じる側、作品を創る側としてはやはりお客さんにそういったことを感じてもらえるものを創らなければ意味がないと思う。
まずは自分を見つめること
2008-03-27
俺は自分よりも若い俳優さんに出会い、自分の歩いてきた道を話す機会があった時に、必ずと言っていいほど出てきてしまう話題があります (^_^;)。それはこんな話です。
20代の頃、事務所には所属していました。その事務所は当時ベテランさん揃いで有名な事務所でもありました。若手も沢山抱えていました。俺もその事務所に養成所から入り、レッスンを受け、日々夢を追いかけていました。
しかし実際、オーディションや仕事は年に数えるほどしかもらえませんでした。マネージャーさんに何とか自分をアピールする為に毎週のように事務所に顔を出してもいました。しかしそれでも自分の納得のいくような状況には程遠く、ストレスだらけでした。
『何故オーディションの話もくれないのか?』『仕事をいれて欲しい。』
考えるのはそのことばかり。実際の生活はバイト付け。焦りと苛立ち。夢と現実のギャップをまざまざと感じざるを得ない日々がずっと続いていました。マネージャーさんに対しても事務所に対しても『俺に興味は無いのか?』と不信感すらもたまってきていました。
また、「俳優としての勉強」「演技のレベルアップ」を望んでも、どこで誰の元でレッスンを受ければいいのか、俺は長い間見つけられずにいました。『ここだ!』『この人の下で勉強したい!』という宛てが無かったからです。
そしてある時気が付きました。
『俳優は人を感動させるのが仕事。一人のマネージャーさん、一つの事務所を動かせない人間が、どんな仕事をしたところで多くの人の心を動かすことは出来ない。』
平たく言えば、オーディションや仕事が無いのを他人のせいにしていました。しかしそれではいけないのです。問題はマネージャーさんや事務所に「“こいつを何とかしてやりたい!”と思わせる自分であるかどうか」です。製作側に対して「“彼(彼女)を使いたい!”と思わせる自分であるかどうか」です。いくら望んだところで当の本人の準備が出来ていなければ(技術、知識、精神面等々)、その望んでいる状況には決してならないと思います。現状の責任を誰かに転嫁しても絶対に前には進めません。だからあらゆる面でのレベルアップが必要なんです。
今日、現場で一緒になった俺よりも若い某俳優さんとの会話でもこの話題になりました。現在俺はフリーで活動をしていますが、そのことも含めて話しました。聞いてくれた彼は何か感じるところがあったようで、真剣に聞いてくれていました。
警察博物館
2008-03-26
情報は本や資料でも調べることは出来ますが、実際に見ること、触れることは、すごく大切です。警察の博物館があるとはつい先日まで知りませんでしたが、行って見てよかったです。それほど大きくはない建物で、資料も限られたスペースに所狭しと並んでいる感じですが、その中にも印象深いのも、興味深いものがけっこうありました。
入り口に入ってすぐにヘリコプターや赤バイ(大正時代に使われた、現在の白バイの前身)があったり歴史的に重要な資料の数々がありました。
中でも殉職された警察官の方の遺影と遺品には目を奪われました。何があってどのような状況で殉職されたのかが簡潔に説明してあり、それを読み遺影と遺品を見ていると、自分なりにその状況を思い浮かべずにはいられません。展示してある遺品は血痕の残っている制服、破れてしまっている手帳など、生々しいものでした。
2・26事件の資料もありました。当時の制服で、ちょうど胸の所が刃物で切られているものが展示してありました。こちらも独特の存在感を放っています。
興味がある方は一度行ってみると良いかもしれません。
銀座線の京橋駅から1分。京橋の手前にあります。
嗚呼・・・何故に・・・
2008-03-23
既に劇場公開している映画『88ミニッツ』、俺の大好きな尊敬するアル・パチーノの主演で楽しみにしていました。しかし各映画情報サイト等の記事を見て愕然としました。大げさではなく本当に「愕然」です。3月12日に行われた東京都内での試写会とトークショーというのは何なんでしょう・・・?詳しい内容は公式サイトの記事等を読んでいただきたいと思いますが、『こんなこと(宣伝)があっていいのか!』と憤慨せざるを得ません!!!
「88ミニッツ」は予告編を見ても明らかにスリルに溢れたサスペンスを感じさせるし、同サイトの紹介を見ても『サイコ・サスペンス』としっかり書いています。なのに何でトークショーに来るゲストが日本のグラビアアイドルと19歳の女優なんでしょう!?全然意味も意図も分かりません!
映画の本質とは全くかけ離れたプロモーション(と言えるのか・・・?)にあきれました。
しかも『88シスターズ結成』などという、映画とはまるで関係の無いことをこじつけてやっています。何故にこんなことをする必要があるのか?酷いです、酷すぎます。1人のアル・パチーノ・ファンとしても本当にショックです。おまけに二人のタレントは、世界の名優であるアル・パチーノを、この映画を観るまで知らなかったと言うではないですか・・・。最低です。いくら世代に開きがあるとは言え、そういうこととは関係なく、自分がPRする映画の主演俳優について何も知らないとは。
こんな企画をやってしまったことが絶対に失敗です。俺としては「許せない」レベルです。このイベントの主催者(宣伝する側)は何を伝えたかったのか?この映画の魅力とは何なのか?セールスポイントは何なのか?誰に何を訴えたいのかまるで分かりません!!この記事から俺が感じるのは、悲しみと怒りです!
アル・パチーノがこれを知ったら何と言うか・・・。
『俺が若い時だったら火炎放射器で焼き払ってる!!(映画「セント・オブ・ウーマン」のセリフより)』
そう言って欲しい。
St. Patrick's Day Event
2008-03-23
moritoさんのところに遊びに行き、『St.Patrick’s Day Event』に参加してきました(^o^)。英語も勉強中でまだ満足な英会話も出来てないのですが、本当に楽しかったです。観るもの触れるものすべてが自分にとっては新鮮で刺激的でした。
『St.Patrick’s Day Event』とは、アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックを記念した祝日で、今では宗派に関係なくアメリカの国民的な祝日となっているそうです。ステージで演奏されていたアイルランド音楽も非常に魅力的でした。また、そこかしこが「緑」で彩られて鮮やかでした。
ただ悲しいのは、せっかくカメラを持っていったのに、それを全く忘れて一枚も写真を撮らなかったこと。何のためにカメラを持っていたのか(**)・・・。
今まで学んできた最も大切なことの中に「何かが欲しければ自分からそこへ行くこと。行動すること。待っている必要は全く無い。」ということがあります。どんな状況でもそこでやれることは必ずある。どんなに小さな一歩でもまずは踏み出すことが大切だと思います。人間、「現状を変える」ということにはどうしても抵抗が出てきてしまい勝ちですが、逆に考えると未知の世界に一歩踏み出して新しい世界に入ることほど刺激的なことはないと思います。人にしろ場所にしろ事柄にしろ『新しい出会い』というのは人生の中でも刺激と発展と成長をもたらす素晴らしいものです。
HEROES
2008-03-20
ブログを更新するのを忘れるほどDVD鑑賞に忙しく特にアメリカのドラマ『HEROES』に嵌っていました。なかなか第1巻が借りられずに観始めることが出来なかったのですが、今週やっとレンタルすることが出来ました。
このドラマ、面白いです。
ストーリーも映像・音楽、演出、出演者の演技も、観ている側を引き込む力がしっかりとあります。
なかでも俺はマシ・オカさんにやっぱり注目せずにはいられません。さすがに良い仕事をしていらっしゃいますね。共演している日本人サラリーマン役の俳優の方の日本語のセリフにはちょっと閉口してしまいましたが・・・。
しかし改めて母国語以外での芝居における難しさを痛感します。アメリカのドラマだからこそ、日本語がおかしくても誰も気にしないのでしょう。ハリウッド映画で日本語のシーンが出てくる時はほとんどの場合そう感じます。日本の描き方自体が日本人には納得のいかないものでもあります。しかし作品が海外のものであるので、描かれる視点は彼らの視点であり、彼らの持っている日本・日本人に対する見解がある。だからこそ日本・日本人がその作品においてピックアップされると思います。そこには求められるものが明確にあります。
登場してくるHERO達・・・どれも俳優として非常に魅力的な設定で「是非演じたい!!」と思う役柄ばかりです。心に傷や悩みを抱える人間、人と違った境遇に在る人間、ストーリーの中で大きく劇的に人生が変化する人間は、演じる側にとってはやっぱり非常に魅力的です。
やはり作品を作るのであれば、世界基準のクオリティをクリアすることを考えるべきだと思います。日本で製作された作品はほとんど国内の観客をターゲットにしたものですが、作品の質をもっと上げるには、より面白いもの(短絡的な、表面的な“面白さ”ではなく、上質なエンターテイメント作品として)を創るには、一体何が足りず何をしなければいけないのかを絶えず追求していくとが不可欠だと思います。「国」という枠を超えて日本からエンターテイメントを発信していくには、その価値があるものを創らなければいけません。
そしてそれは不可能なことではないと俺は思っています。
THE BOURN ULTIMATUM
2008-03-17
『THE BOURN ULTIMATUM(邦題:ボーン・アルティメイタム)』やっとDVDを借りて観ることができました (^^)
マット・デイモンは俺の大好きな俳優で、年齢も彼が一つ上で同世代。彼の芝居も好きだし出演する作品もいいものを選んでいると思います。中でもこの「ボーン・シリーズ」はどれも面白く、一作一作が一つの作品でありながら、三部作全部が一つの作品でもあります。
アクションもテンポがかなり速く(撮り方もあるのでしょうが)、非常にリアルな実践のコンバットアクションが展開されています。良い俳優陣も揃っているし、彼らの演技も素晴らしいです。
この映画に出てくるキャラクターは、総じてあまり感情を表現しません。クールです。しかしそこかしこで感情の動きを微妙に表現しています。非常に繊細な仕事です。俳優達のスクリーンの中での存在自体が説得力に溢れています。やはり俺も俳優として、このレベルを求めずにはいられません。
マット・デイモンはベン・アフレックと共に脚本を書き、それが1997年に映画化されています。「Good Will Hunting」です。この作品ではアカデミー賞の脚本賞を受賞し、主演男優賞にもノミネートされています。
同じ頃俺はオーディションや仕事が来るのを願いながら、バイトに明け暮れていました。そして年齢もほとんど変わらない彼らの偉業にただただ驚きと憧れを抱くだけでした。
男の魅力と言うものを見せ付けてくれる映画です。
“言葉”が自分を変える
2008-03-13
言葉について書いてみたいと思います。自分がそれまで全く使ったことの無かったを使って、何だかそれまでの自分とは違った感覚を感じたことはないでしょうか?「人が使っているのを聞いてはいたけど、言った事の無い言葉」や「本で読むだけだった言葉」など。
言葉と言うのはその言葉の持っている意味と感覚を知らなければ言ったところで相手には伝わらないと俺は思います。また、それまで使うことのなかった言葉を使えるようになると、一つ新しい自分に出会えるとも思います。人間、使う言葉で変わるんです。汚い言葉を使っていればそれに相応しい人間性が表面に現れ、上品な言葉を使っていればそういうキャラクターが出来上がってくる。自分を変えたいと思ったら、日常で使う言葉をそれに合わせて変えると言うのは有効です。
俳優がセリフを言う時、その言葉に説得力があるか無いかは、その言葉を自分のものに出来ているかどうかです。頭で覚えたセリフをただ言うだけでは全く意味が無いんです。
言葉にはそこに含まれる感覚や感情があります。「誰に対して言う言葉か」「何に対して使う言葉か」などなど。
例えば『「美しい」と言う言葉を使う人』を思い浮かべると誰がイメージされるでしょう?また、『「ウザい」という言葉を使う人』をイメージするとどうでしょう?やっぱり言葉に相応しい人物像がイメージされるのではないでしょうか。
俺も経験のあることですが、使ったことのなかった言葉を使うようになって、それまで出てきてなかった自分の一面が顔を見せます。俺にとって一番インパクトのあった言葉は「素敵」でした。
「素敵」。使うには何とも気恥ずかしく照れくさい感じがして距離のあった言葉ですが、使うようになって初めて「素敵」と言う言葉の「素敵さ」を知り、感じることができました。大げさかも知れませんが、何だか新しい世界に踏み込んだかのような感覚がありました。そして使うことに抵抗がなくなったときには嬉しかったです。言葉を始め、情報は目や耳から入れられますが、使って初めて感じることのほうが衝撃が大きく、自分の実になります。そしてそれが楽しいんです。
自分が憧れている人の言葉遣いをしてみるのも面白いですね。良いエクササイズです。
俳優の仕事って・・・こんなことの連続という一面もあります。
素晴らしい俳優達
2008-03-13
DVDのレヴューです。『The Goodbye Girl』 (邦題:グッバイガール)
まだ観たことが無かったと思ったら、以前観ていました(^^;) しかしあまり印象に残っていなかったので、恐らく観た当時はよく分かっていなかったと思います。恥ずかしいことですが・・・。
この映画、俺には主人公の気持ちがよくわかります。「下積み中の俳優」という設定だと、もうそれだけでほとんど無条件の感情移入が始まります(笑)
ストーリーももちろん飽きさせないし面白いのですが、何と言っても主役のリチャード・ドレイファスの演技が圧巻です。とんでもなく早いテンポを持つこの役を見事に演じています(テンポが早いということは自然と感情の動きとその振幅も早く大きくなければ成立しないのです)。相手役の女優さんも素晴らしかったです。全然主役に見劣りすることなく、ガップリ組んでシーンを作り上げています。男と女の本音のぶつかり合いがそこにはあり何度となく「わかる!」が連発するシーン(芝居)の連続でした。最後はもちろんハッピーエンド。観た後で幸せな気分になれる素晴らしい映画です。
『Dirty Rotten Scoundrels』 (邦題:ペテン師とサギ師)
こちらも文句無く楽しめる映画です(^^)
スティーブ・マーティンとマイケル・ケインが主役の映画。二人の騙しあい、詐欺師としての勝負が非常に見ものです。まさにコメディ。知らないうちに笑わされています。そして知らないうちに騙されています。そしてそれがまた気持ちが良いのです。騙されても思わず笑って「やられた〜!」と言ってしまう。
マイケル・ケインは演技についての本も書いており、俺も一冊持っています。
『映画の演技』
俳優・俳優志望の人には是非一読をオススメします。結構古い本ですが、そんなことは関係なく実に勉強になります。
KAMATAKI〜窯焚〜
2008-03-09
今日てきた映画、非常に良かったです。KAMATAKI〜窯焚〜
決して大掛かりな作品ではなく派手さも無い作品ですが、上映中ずっと観ている側の心をつかんで離さないエネルギーがありました。
監督はクロード・ガニオン氏。カナダの方です。
映像が凄くキレイで、鮮やかだけれど落ち着きのある色使いで日本的な色や形の美しさ、味わいもしっかり映し出されていました。音楽とその使い方も素敵です。
この映画を観ていて思ったのは、日本人以外の外国出身の方のほうが、日本の良さや日本において受け継がれてきたもの、また日本人の中に流れていたはずの大切な文化的な精神性などをちゃんと認めて理解し表現しているのではないかということです。昨今、日本映画は勢いもあるようで沢山製作されてはいますが、幼稚な作品や一過性の話題に過ぎないようなものを本当に多く見かけます。そしてそういう作品こそもの凄い宣伝を打ち、観客動員を図っています。映画は確かにエンターテイメントであり娯楽だと思いますが、それと同時に芸術であります。思うに当の日本人が一番「日本の良さ」や「日本文化」を蔑ろにしているのではないかとも思えます。“作品の意味”や“モノを創ると言うことの本質”を忘れてしまうと作品を潰すことになります。
今日観た『KAMATAKI』は素晴らしいメッセージを自然な形で映画らしく伝えてくれた作品だと思います。特に「火(炎)」「土」「水」「人間」の描き方とそれぞれの関係性が印象的でした。いちいち役者がセリフで説明したりするような野暮ったい部分はありません。画でみせてくれます。良い作品には1シーン、1カットの画に奥行きとエネルギーがあります。上映は新宿のバルト9で上映回数も一日一回だけのようですが、オススメです(^^)。
Exciting Day
2008-03-09
今日はとてもエキサイティングな日でした(^^)今日お会いした方、間違いなく一流です。一緒に過ごせた時間は短かったものの、本当に沢山の刺激と栄養をいただきました。「“人との出会い”は大切であり、財産である」とはよく言いますが、今日はそれを改めて実感しました。
偉人や憧れの人の本やインタヴューを読んだり聞いたりするのはもちろん勉強になりますが、そういう方と実際に会って話をし、一緒の時間を過ごすことほど素晴らしいことはありません。感じることでしか得られないものと言うものが確かにあります。そしてそれはどんなに言葉で説明しようとしても伝えることは難しいと思います。
本当にいいもの、一流のものに触れることは大切です。しかしそれよりももっと刺激的で大切なものを与えてくれ、気づかせてくれるのは、その一流のものを生み出す一流の人との出会いではないでしょうか。
ステージママ・・・
2008-03-08
先日入った撮影現場に二人の子役とお母さんがいました。俺は子役の子と絡むシーンはありませんでしたが、長い待ち時間をロケバスで一緒に過ごしました。といってもお子様はお子様同士で盛り上がり、俺は俺で読みたい本もあったので、コミュニケーションはほとんど無かったのですが。二人のお母さん・・・俺から見るとどうも自分の子供をちゃんと躾られてないように見えてしまいました。子供の方が親をなめていると言うか・・・。親の方が育てたい方向性は持っているようには見えますが、子供がついてきてないようでした。自分の子を叱るにもきちんと叱れていない感じもします。そしてまた子供達も「自分は仕事をしている」という意識をしっかりと持っているために変に大人びています。
子役として小さなうちから仕事をするのは悪いことだとは思いませんが、親の躾と教育がしっかりしていないと子供は方向を誤って成長していってしまうと思います。共演者やスタッフの方々は相手が子供だと思ってかなり気も使いますが、それを勘違いしてしまうことにもなりかねないし。
特に親が「場を読めない」「気配りができない」「勘違いしている」場合はとんでもないことになるのではないでしょうか。大人の仕事場に子供を送り込むことの意味を親が分かっていなければ、まず勘違いに入ると思います。ステージママにも色んな方がいるとは思いますが、本当に気をつけていなければ後から修正するのは大変です。
そして気になるのが子供達が演技の勉強をしているとしたら、どこでどんな勉強(レッスン)をしているかです。変なところで間違った演技の勉強をしてしまったら大変です。そんな小さな頃から「ウソ」「インチキ」の芝居を覚えてしまったら、最悪です。ものすごく酷いところでは怒る演技を教えるにあたって『目のところに力を入れて眉間に皺を寄せてごらん。それで怒っているように見える。』という最低な指導をするところもあるんです。『〜に見えるかどうか』が基準になってしまっているのが現在の日本のほとんどの現場だと思います。しかしそこから出来上がってきたものはどうでしょうか?俺は面白さや魅力は感じません。これは日本の基準であり、日本だけでしか通用しないものだと思います。
先月一緒の現場だった韓国の某俳優さんは「日本の撮影現場はみんな優しい。韓国のドラマの現場はもっと厳しい。ガンガン怒鳴り声が飛んでくる。」と話していました。それだけのテンションで作っていると言うことでしょう。そこから生まれてくるのが韓流ドラマです。
子供は感受性が強く、吸収するのも早いです。だからこそ何かをやるにあたって「ウソ」や「インチキ」ではなく、『本物』に触れさせ学ばせてあげることが重要だと思います。『本物』を誤解し捻じ曲げて「ウソ」や「インチキ」作り出すことはいくらでもできますが、「ウソ」や「インチキ」いくら追いかけても『本物』には辿り着けないと思います。
言葉から呼び起こされるもの
2008-03-05
英語勉強中につき、単語を身体にインプットしようと日々奮闘中です。今は主に『iknow』という無料の英語学習サイトを使っていますが、新しい単語、使い慣れた単語、いろいろあります。中でも昔演技のトレーニングに際してよく使われた言葉や練習のために覚えた英語のセリフにあった単語などが出てくると、当時の情景が甦ってきます。セリフもまだ覚えています。バイトで車を運転中にセリフを大声で張り上げていたこと。夜の公園での一人での練習。何度も繰り返しノートに書きとめた言葉。英語で言われた格言やメッセージの意味や考え方を必死になって理解しようとしていた頃。そういったことが思い出そうとするまでもなく、気が付いたら脳裏に浮かんできます。一つの言葉から連想されるものは、個人によって大きく違うこともあります。その場合、喚起される感情もやっぱり一人一人違います。ある言葉から呼び起こされる感情が喜びだったり哀しみだったり色々です。それは日本語でも英語でも関係なく、自分がその言葉(その事柄)にどう関わっていたかがじゅうようなポイントです。
「青い空」「輝く太陽」「海」という言葉からネガティブなイメージを連想する人は多くないと思います。しかし例えば、「学校」という言葉を聞いた時には、その人が明るく楽しい学校生活を送っていたとしたらポジティブなイメージでしょうが、暗く悲しい思い出しかない人にとっては苦痛や重い気持ちが呼び起こされる可能性が大です。
言葉は本当に凄いもので、人を動かします。
ちょっと話は飛びますが、「演技が下手」とか「セリフが下手」と言うのもこの辺と大いに関係があります。セリフと言うのは他人が書いた言葉です。演じる役は素の自分自身ではありません。そして言う言葉は決まっています。俳優の仕事は役の人物が吐き出す言葉を実際に言うのはもちろんのことですが、その裏側もキッチリと成立していなければお話になりません。台本に書かれている言葉は「こんな感情だろう」とか「こんな感じで良いだろう」とかいう感覚で言うものではないのです。『結果』には必ず『理由』があるのと一緒で、言葉の裏にはその裏づけがキッチリとなければなりません。作家がセリフを書くにあたって何故その言葉を選んだのかには必ず理由があります。しかし今はそういったことをあまり深く考えてない(考えているつもりの)出演者が多いですが。自分が発する言葉は本当に自分のものにしなければ言えないんです。
しかしやっぱり英語の勉強といってもずっと一人でパソコン相手にやっていてもしょうがないんですよね。人と話したいです、英語で。
現在英語の話し相手募集中です (^o^)
Great Message !
2008-03-05
俳優、ミュージシャン、イラストレーター、ライター、・・・全ての「ART(芸術)」に関わる人、その道を目指している人に是読んでいただきたい記事があります。世界的なグラフィックアーティスト、moritoさんのブログ「鳥獣遊画」の記事です。
記事はこちらをクリック!
モノを創る人、何かを表現する人、何かを発信する人、その道のプロまたはプロを目指す人、一流を目指す人・・・あらゆる人に読んでいただきたいです。
世の中、色々なアートがあり、その業界というものがありますがそのどれもに当てはまるメッセージだと思います。
俺は現在フリーの俳優として活動しています。これまで歩んできた道程を後悔したりはしていませんし、ただ前に向かって歩きつづけるだけです。しかし、ただガムシャラに猛進すれば良いかというとそうではないと思います。俺自身そういう時期もありましたが、やはり自分が普段から「何を求めているのか」「何を発信・提供したいのか」「何を考えているのか」「何を大切にしているのか」「どんなレベルの世界に行きたいのか」ということを明確にしていなければならないと思います。そうでなければ、どこへ向かってどう進んでいいか分からずにグシャグシャになってしまう(経験者は語る!)。
自分を見つめなおして、考え方や在り方を正しく修正して、どう進んで(活動して)いくかを建てなおしていくこと。それは即、自己の成長につながることだし、それによって自分の仕事において出る結果も、その次に関われる話も変わって来ると思う。
先日、出演出来ることになった尊敬する監督の映画にしても、俺は関係者に知り合いが居る訳でもなくキャスティングもほとんど終っていた状況の中で幸運にも出演の機会を頂くことができた。相談に乗っていただいた何人かのマネージャーさんは「難しいんじゃないかな」と言っていたのにも関わらず。フリーで事務所にも入っていない俳優が、クランクイン一ヵ月前という、時期的にキャスティングがほとんど終っているであろう映画に入れるとは、普通あまり考えないと思う。でも俺は入れることが出来たんです。監督、そしてプロデューサーさんには本当に感謝しています。
そしてそれによって、俺の中で起こった大きな変化がありましたが、それは「仕事」に対する意識の変化です。自分にとっての「仕事」の意味が大きく変わりました。今は変に意気込まなくても「自分の全てを懸ける」と言う言葉が言えると思います。大げさかも知れませんが人生の次のステージのドアを開けられた気さえします。
日々、何を考え、何を求め、どこへ行きたいのか、何を大切にしているのか、どのレベルの世界に行きたいかを意識することによって得られた大きな結果だと思っています。
Plaza Suite
2008-03-03
観劇レヴューです。Tokyo International Players 「Plaza Suite」
赤坂のシアターVでの上演でした。このTIP(Tokyo International Players)さんは100年以上の歴史を持つ団体で、様々な国から日本に来ている外国出身の方々で構成されているようです。今日本番を観に行くまでもそのプロセスがなかなか楽しかったです。
まずHPからチケットを予約。日時を記入し申し込みのフォームを全て埋めて返信を待ちました。翌々日、返信がありました。全て英語で。何だか違う世界にほんの少し足を踏み入れたような気がしてとてもワクワクでした。メールを見ながらチケットの日時や枚数の確認など、「英語ではこういう表現になるのか」とひとりにやけていました。
そして今日、シアターV赤坂へ。TIPのチケット係りさんからのメールには「開演15分前までに来て、BOX OFFICEでチケット代を精算してチケットを受け取ってください」とありました。『BOX OFFCE』と聞くと大層なものを想像してしまっていたのですが、普通に「受付」でした。そこでチケットを受け取り、開場時間をロビーで待っていました。周りで話されているのは英語ばっかり。何回も来ているはずの劇場なのに、今日は雰囲気も全然違って感じました。普通、劇場の受付やロビーにありがちな一種独特な畏まった感じや堅さはあまりなく、全体にカラッとした感じで」演劇、舞台を観る」という感じよりも「ショーを楽しむ」という空気でした。
芝居自体はなかなか面白かったです(^^)
まず劇場の使い方が面白かったです。「Plaza Suite」という作品は、ニール・サイモンの作品であるホテルの一室を舞台にしたオムニバス形式のコメディ作品です。それをアレンジしてテレビのシチュエイション・コメディー番組の収録と言う体をとり、会場全体を収録スタジオにして会場のセンターにセットと撮影の為のクルー、それをはさむ形で観客席を配置し、舞台を観に来たお客さんは自然、収録の観客となりました。そして当然のように拍手や歓声のリアクションを要求されます。そういう設定であるから何にも考えずに観客でありながら設定上の観客として作品に関わります。全く意表を衝かれました。面白いことをするもんです。
この芝居、お客さんを会場に入り出すのと同時に開演でした。お客さんが思い思いの席に座り、撮影クルー役の人たちが準備を進めるところから本番でした。出演者の方も色んな個性の方々がいて楽しかったです。お客さんのノリも悪くなかったので、客席の埋まり具合に比べて会場全体の空気は良かったです。よく、舞台を観に行く日本人のお客さんが「面白いんだけど、笑っていいかどうか分からなくて笑うのを我慢してた」ということを言う人がいたりしますが、そんな雰囲気はまるで無かったです。作る側も観る側もみんな能動的でした。面白ければ笑うし、そうでなければ黙ってみている、ストレートな反応。こんな小さなところにも文化も違い(大げさかも知れませんが)をみることができたように思います。
今日観に行ったおかげで、また良い刺激を得られました。発想、視点と言うところにもついつい日常生活の習慣などから“常識”という枠を作ってしまいがちですが、そんなものには囚われないように気をつけなければいけません。そうでなければ思考も感性も広がりません。「お客さんに楽しんでもらうにはどうしたら良いか?」と言うことに関しても「これでいいだろう」という枠を取り払い、常に「どうしたらもっと楽しんでもらえるか」を追求するべきだと思います。
明日への遺言
2008-03-02
明日への遺言今日観てきました。楽しみにしていた映画を公開初日に観るのはいいものです。しかし今日は観に行った劇場がハズレでした。俺は渋谷で観たのですがあまり良く無かったです。上映中ずっと空調か何かの「カン」と言う音が鳴っていました。見ている最中、気になって仕方在りませんでした。加えて俺の前に座った人が、俺の視界を邪魔します。普通に座ってくれていれば問題ないのに、良いシーンになるとその度に背筋を伸ばして観るので、彼の頭の位置は上に上がり俺の目の前に来て真正面でブロックをかけます。「恨みでもあるのか!」と怒ってやりたくもなりました。だから今日は全然集中して観ることが出来ませんでした。劇場内のあちこちで涙で洟をすするおとが聞こえてくるのに俺は半分醒めてしまってました。本当はいろいろと書きたいのですが、映画に没頭できなかった悔しさがあまりにも大きいです。やっぱり劇場も観る回も選んでいくべきです。もうしばらく時間をおいてからまた改めて観に行くことになると思います。
感想として一つ書くとすれば、この作品は原作も読んでいますが、現代の多くの日本人が失ってしまったものが沢山詰まっています。そしてそれらは非常にシンプルでもあると思います。シンプルであればこそ観る人の胸にストレートに届くと思います。人として生きて行く上で「大切なものはこれだ」と目の前に突きつけられたとき、そこには余計な理屈は要りません。この作品に関わった方々の映画や作品に対する想いと相俟って力強くメッセージが表れていると思います。
アカデミー賞
2008-03-01
80th Annual Academy Awards/アメリカ・アカデミー賞を昨日と今日にかけて観ました。授賞式は品と格式があり、遊び心もいっぱいで、世界で最も権威ある賞にふさわしいものでした。会場にいるノミネートされた人たち、オスカーを受賞した人たち、みんな素晴らしく魅力的でした。特に笑顔が素晴らしかったです。外見・ルックスがどうのというのではなく、その人その人の魅力が内面から溢れてます。特に受賞した人たちの喜び様は、観ているこっちも嬉しくなるくらいです。いかにこのアカデミー賞が偉大であり、それ自体多くの人たちの夢であるかがわかります。もちろん俺にとっても夢です。
受賞者から発せられるコメントは相変わらず俺は理解できてませんが、しかし、ほとんどの言葉は聞き取れました。ただ意味がわからないだけです。少しづつ進歩はしてます^^)。
「映画」「俳優・女優」というとどうしても『スター』にばかり焦点があてられることが多く、話題にもなりやすいですが、映画(舞台もそうです)はスターがいるからといってそれだけで成立するものではありません。脇をかためる多くの共演者と本当に多岐にわたるスタッフの力があって初めて作られるものです。そして本当のスターこそそのことを良く知っていると思います。
日本でも浅野忠信さんの主演した「モンゴル」がノミネートされて話題にはなっていましたが、それ以外はあまり関心が無いようでした。さみしいですね・・・。







