あ!の瞬間

 2007-02-23
毎週木曜日はSLAのワークショップの日。今日は始まる前の時間に動きをまじえてエクササイズの説明をしていたのですが、その途中、しゃがんだ瞬間に“バリッ!”という音が・・・。
はいていたズボンのケツが思いっきり破れました。

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どう見ても、隠して隠せるような裂け方ではなく、パンツ丸見え状態の為仕方が無いのでユニクロへ替えのズボンを買いに行きました。さすがにショックでした〜。
このズボンは去年の秋の公演の衣裳として舞台上ではいていたもの。気にっていたズボンだけにショック。まあ直せばはけるのですがそれにしてもこんなに裂けるとは・・・。何だかズボンの裂け目が口、ボタンが目、にも見えてズボンのモンスターに見えなくもない。

ズボンが裂けた瞬間に『あ!』という声が出ましたが、それは『まさか!?』という『あ!』でした。
たった一つの言葉でも色々な表現があります。
ビックリした時、納得したとき、ガッカリした時、笑うとき・・・色んな『あ』があります。いくつの『あ』が思いつくでしょう?また表現できるでしょう?
色んな『あ』を組み合わせ、それだけでストーリーを作ってみるのも中々楽しいですよ。

ワークショップという場

 2007-02-20
今月になってから、「インターネットのワークショップ情報を見て」と言って、SLAのワークショップに参加してくれる方が増えております^O^
非常に嬉しい。
もともと『多くの人たちが新しい自分を見つけるキッカケを作りたい』と思って始めたワークショップ。俳優の基礎練習として、発声練習から感情表現、演技のエクササイズと俺たちが師匠から学んだことを紹介してます。いかに楽しみながら基礎の技術を身に付けてもらうかを主眼として取り組んでいますので、特に俳優志望の人でなくても参加してもらうことは可能です。『ストレスを発散したい』『人前でちゃんと話せるようになりたい』『何かやりたいことを見つけたい』という方もいます。

物事とは面白いもので、いくら自分がやりたいと思ってその方向に進もうとしても、実際に自分にその準備が出来てなければ事が進んでいかないと言うことがあると思う。『何故上手く行かないのか』を考えれば必ず原因がある。
また上手く動き始めたときにも必ずその原因がある。
いくら俺が『多くの人たちに伝えたい』と思うものやメッセージがあったとしても、伝える力が無ければそれは伝わらない。ワークショップは今3時間という時間を使っているが、その時間内で参加してくれる人たちの心に刺激を与えて活性化し、躍動させることができなければ俺の仕事は意味がない。

もっともっと沢山の人たちに参加してもらい沢山の笑顔に出会う為には、もっともっと俺自身の成長が何より必要だ。
小手先の演技やメソッドがどうのという演技論よりも、沢山の人たちにまずは“情熱”というものを実感して欲しいと思う。

LESSON 6 モノを見る(観る)眼

 2007-02-15
本や新聞を読んで、映画や舞台やTVを観て、音楽を聴いて、画を観て・・・何を感じるか、何を受け取るか?

どんな職業においてもそうだが、『何が見えるか』『それを分析できるか』が非常に重要だ。
素晴らしい作品には学ぶべきことが沢山ある。しかしそれを観てただ漠然と『良い』と思うだけでは何もつかめていない。『どこが良いのか』『何故そうなったのか』を見つけられるようにならなければいけない。そして今度は『自分がそれをやる為には何が必要か』を把握する。

自分が演じる作品(役)に関しても、台本から何を読み取れるかが大切だ。
セリフの裏側にある人間像、想い、考え方、感情、関係性・・・そこには様々な情報が詰まっている。それをいかに的確に把握し、演じる俳優が自分のモノにするか。
しかし(俺の場合は特に)難しく考えすぎる必要は無いと思う。あまり難しく考えると、行き詰まって思考の迷路にハマリ込んで抜け出せなくなってしまうこともある^^;
大事なのは『ものが見えなければ、分析できない。分析できなければそれを構成している要素が掴めない。全体を構成するパーツが掴めなければどうしていいか分からない』ということ。

自分を取り巻く状況、会話や出来事からも何を感じてどう受け取るのかで人生が全く変わる。
SLAのレッスンでも常に言われることは『HOW to(技術)とWHAT to(中身)の同時進行の成長が必要』ということ。
映画、音楽、画、本・・・等々ドンドン素晴らしい作品に触れてモノを見る眼と感じる心を養いましょう^^v。

俳優を育てる場

 2007-02-12
写真は、シーンスタディのレッスン前にセリフと動きの合わせをしている木部くんと小林。
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二人に限らず、レッスンに当たってはセリフを入れて必要な衣裳や小道具も用意して臨みます。リハーサルはせずにレッスン前に軽く打ち合わせと芝居の確認をするだけ。

レッスン中、誰かがパフォーマンスをしている最中は全員が真剣そのもの。
演じる側も観ている側も気を抜けない。一週間、どんな『仕事(練習)』をしてきたか、みんなの前でどんな結果を出すのか、場にいる全員が注目する。それだけにプレッシャーもかかる。しかしそプレッシャーを楽しむことが出来始めると面白いことが起こる。
例え経験の浅い人であってもセリフ、イメージ、相手の芝居・・・何かをキッカケに自分の本当の感情が動き出すと『空気』が変わる。そうすると観ている人を引き込める。
人の芝居、自分の芝居、ダンさんのコメント、みんなの意見・・・、それに対するものの見方を沢山持てばその数だけ学べることは増えていく。自分を始めとして『人間』を掘り下げていくことで内面の幅も深さも増していく。

NON STOP ですよ

 2007-02-11
昨日2月9日から俺の故郷の小樽で雪明かりの路というイベントが開催されています。
このブログにリンクもしてくれている小樽ではたらく本部長のblogでは写真(カメラ?)の大好きな本部長さんがイベント様子を紹介してくれています。
同じくリンクしている小樽ジャーナルさんではイベントの記事もアップされてますが、この春に行われる市長選挙の記事があり、34歳で現市議の森井秀明さんが立候補するとのこと。

俺はこういったニュースをすごく嬉しく思っています。
始めは市民の手作りレベルのイベントだったものが、回を重ねるごとに大きくなり数十万人の来客のあるイベントに成長する。
市の現状を打開し、街の復活のために立ち上がる若者(俺も若いんですが・・・^^;)がいる。

何かをやろうと思ったら、行動するしかない。
くだらない会議やミーティングと称する時間の浪費をしている暇があるなら、悩んで立ち止まっている暇があるなら、行動すべきだ。
俺達のようなアーティストを目指す者ならなおさら。
何かを作り上げ、そして発信していく。そこにはどんなメッセージがあるのか。何を伝えたいのか。
どんなことでも『誰かが何かしてくれる』ということは無い。
またそれを期待してはいけない。
特に俺達の世界は、黙っていたって仕事が来るなんてことは有り得ない。誰にでも何らかの仕事があるわけではない。
また、気持ちだけあっても成立はしないし知識や能書きだけでもいけない。

自分から動き、何かを作り上げる。始める。そして始めたら継続させる。それにはパワーがいる。情熱がいる。でもそのパワー、情熱は人に伝わる。そうしたら人はついてくる。

『自分が何かを興す』とまで行かないとしても『気持ちを形や行動に表す』というのはすごく大事なことだ。
ドンドン行動しよう、目的を持って的を得た(絞った)行動を。

自由になるために

 2007-02-09
普段SLAでのトレーニングにおいて、師匠から学んでいるものは単に『芝居』『芝居のテクニック』とかではない。
このブログでも何度も書いているように、『俳優修行=人間修行』。
人間としての中身の成長と俳優としての職業的な技術の向上、この両方が同時進行で成長しなければ成立していかない。
それはビジネスにおいても一緒だと思う。
本格的に日本のショービジネスを学び始めた俺は強くそのことを思う。

アートにおいてもビジネスにおいても、一流の人たちが根底に持っているものは共通する。ただ人によって何を得意としているか、何を仕事としているか、どこからものを見ているかが違うだけだと思う。

お金に縛られたアーティストにはなりたくない。
また、アーティストをお金で縛るようなビジネスはするべきではない。
俺はそれは健全では無いと思う。
だからこそアーティストはビジネスをしっかり把握するべきだ。
『キレイ事だ』『それは理想論』という意見ももしかしたらあるかも知れないが、真に質の高い作品を作り沢山の人たちに提供する為にはそういった環境を自分で作る必要がある。そして俺はそれを無理なこととは思ってない。

人生という自分のストーリー。自分で自分の人生の台本を書き、自分という役を演じ、目標に向かって全力で行動する。障害があればそこにドラマが生まれる。結果がどうあれそこには感動がある。
一つのシーンが終わりまた次のシーンへ。
考えただけで楽しい。そうやって前に進んで行こう ^^v

S# 30 舞台上の感覚

 2007-02-09
休む間もなく次に控えているアヤノさんのシーンの準備に取り掛かる。
控え室へ行き、衣裳を着替え、気持ちを入れ替える。髪もセット。小道具の鞄を持って『いつでも準備OK』の状態を作る。

しかし俺の体の中にはいつもとは違う感覚があった。
集中しようとしても仕切れない、体の中に電気か何かが走ってそれが抜けていった後のような感覚・・・。体は心地よく力が抜け、テンションは上がっているものの自分が力を入れようと思っても思うようにならない。
リラックスしているのか、それともシーンを一つ終えたことで安心してしまって『仕事』を終えてしまったのか、俺には分からなかった。そしてそれは数分後にまた舞台に上がらなければいけない俺を不安にさせた。

舞台上では他のシーンが進行している。このシーンが終ったら俺はもう一度舞台に上がる。シーンが終わりに近づくに連れてプレッシャーも増していった。

アヤノさんのシーンが始まると、もう不安がどうのプレッシャーがどうのと言っている暇は無い。自分の出番のタイミングを間違えずに舞台に出て行くだけ。さっき終ったシーンの出番前とは全く正反対の感覚のまま舞台に上がった。
俺は舞台の上で、芝居をしていた。セリフを言っていた。
感覚はさっきとは全く別物。どの瞬間もハッキリと自分の意識があった。
他の生徒の芝居も一つ一つちゃんと見える。さっきは全く分からなかった。セリフも今は練習した通りに言っている。さっきはどう言ったかも、セリフを飛ばしたことすらも覚えていない。
しかし前のシーンでは『ハジケる』ということを体感した。稽古では一度も感じた事の無い感覚で舞台に立っていた。
今とさっき、どちらが俳優として正しいのか、芝居として正しいのか、全く分からない。
おそらく、本番の最中にこんなことを思ってしまうこと自体がもう間違っているはず。しかしそのことを忘れようと意識すればするほど囚われた。

小料理屋の設定の舞台上には出演者のほぼ全員が揃っている。ストーリーもクライマックスに差し掛かってきていた。
そしてそこへDanさんが登場してきた。

舞台上の雰囲気が一変する。Danさんが特に何かしているわけではない。ただキャラクターとして舞台上にいるだけ。決められた位置に座り、そこに存在しているだけだった。しかしオーラと共に放つ存在感は圧倒的だった。
芝居の最中Danさんを見ると、舞台の袖が目に入った。そこには本番を終えた生徒、手の空いたスタッフの生徒のほとんどがDanさんの芝居を一瞬も見逃すまいと目を皿のようにして見ていた。ある人の目は腹を空かせた動物のように、ある人の目はまだ好奇心で一杯の子供のような目で。
様々な目で一杯になっている舞台袖は異様な雰囲気だった。
俺が自分の芝居に対して感じていた感覚の疑問などはどこかへ吹っ飛んだ。

ストーリーは無事に終わりを迎えてショーケースは幕を閉じた。
観に来てくれたお客さんと話し、見送る出演者達。すでに片づけを始めている
スタッフの生徒。俺は本場の余韻が抜けずにちょっとした放心状態。

今日の舞台は何だったのか?
舞台上で『ハジケる』ということ。
その後の全く力の抜けた感覚。
舞台上に登場しただけで、たったセリフ一言で舞台を自分のものにしてしまったDanさん。
何が良かったのか、また悪かったのか?考えたところで答えは出なかった。

でも一つだけ言えるのは、『今自分の出来ることはやった』ということだった。

言葉とキャラクター

 2007-02-05
SLAのレッスンでは、方言を持っている人に対して時折『セリフを方言で話すように』と指示が出る。
俺自身、レッスンに於いても舞台の公演でも方言での芝居をしたことはある。通常は標準語での会話だしセリフもそれが普通だが、なぜこんなことをするのかというと・・・

・その人のキャラクターを引き出すため。
・『キャラクターが変わる』ということの内面的な違いを知るため。
・『セリフを自分のものにする』と言うことを知るため。     等々

幾つかの意図がある。

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方言を話す(地元にいる)ときの自分と標準語を話す(東京、地元以外の所にいる)ときの自分とは、同じ自分でありながらキャラクターが違う。
俺には特に、方言は子供の頃から使ってきた身体に染み込んだ最も身近な言葉であり、一番自分が素直に出る言葉。標準語は東京に出てきてから生活するうちに覚えた言葉(まだ時々訛るけど・・・)。
俺は地元の『北海道(小樽)の言葉』を意識すると、話し方はもちろん、立ち方や歩き方、目線も変わる。それが良いか悪いかは別として^^
しかしこういったことを自分でキチンと整理して、使い分けが出来ると方言も俳優としてはちゃんとした『武器』になる。
もともと自分の体の中にあるものだから何を付け足す必要もなく、体の内側の編集だけだ。

『覚えたセリフを言っている』だけなのか、『ちゃんと話している』のかそれは大きな違いであり、とても大事なこと。『“お芝居”してしまっている』か『芝居として成立しているか』と一緒だ。
もしそういった感覚が分かりづらいということであれば、『セリフを方言で言う』のはいい練習になるだろう。
『セリフを自分のものにする』『役を自分のものにする』、“PERSONALISATION”の練習に良いエクササイズです。

ただ前に向かって

 2007-02-03
久々に親友から連絡があった。彼は小学校時代からの親友で、意志も強く情熱もあり目標に向かって確実に進んでいく男。その彼は自分の夢のために南米へ飛んで約9年。そして次のステップのために春に日本へ帰ってくる。
帰ってきたら外務省に入省すると言う。彼は外交官となる。

俺にはすごく嬉しい知らせだ。

自分のやりたいことを追いかけて、明確な目標を持ち地道な努力を重ねて一歩づつ進み確実に夢に近づいている。

俺も俳優として、そしてショービジネスマンとして一流になるために自分を磨いている。それには消化しなければならない課程がまだまだ沢山ある。
しかし自分の行きたい所へ向っているのは実感している。

俺が自分の特徴として一つ上げるとすれば、『諦めない』ところ。
目標に向かって進むスピードは遅いかも知れない。色んなことのツメも甘いかも知れない。
こういうことを書いていること自体がまだまだ一流には程遠いのかもしれないが、それでも諦めずに進んでいる。
しかし(?)、だからこそ(?)、俺の中にも『ドラマ』がある。

『俳優は人を感動させる職業。それにはまず自分の人生の中でどれ位感動があるか?』

演じる為の技術や知識を学ぶと同時に人間としての中身も成長させていく。
今は自分の中のことも周りのこともあらゆることが前進の原動力になっている。
『停滞』も『後退』も『リタイア』も無い。
目標に向かって『No Bullshit,Just Do It』
そして『Living in The Moment』

学ぶことについて

 2007-02-01
自分にとって『学ぶ』『成長する』ということを堅く考えていた部分があって、それがここ最近ようやく少しづつ解けはじめてきたように思える。
俺に足りなかった要素の一つとして『軽やかさ』があったと思う。
何かにつけて抱えこんだり、考え込んでしまったりして、身動きが取れなくなってしまうことが多々あった。そうすると仕事が止まってしまう。

それはものの見方が狭かったり、考え方の転換が効かなかったり、人を動かすのが下手だったりと理由があるが、仕事の処理が遅いというのは致命的な欠点になる。自分でも分かっていながら、『ではどうしたらいいのか?』の答えがなかなか見つけられないでいた。

自分の未来のために次の扉の鍵を探し続けていれば、それは必ず見つかると思う。
その鍵は『一つの出会い』、『言葉や文章』、『些細な事柄』・・・どんな形でやってくるかわからない。
何より自分自身がその『鍵』を見つけられる場所に行かなければならない。そしてどこにその『鍵』があるのか、アンテナを敏感にして張り出すことが必要だと思う。

それが見つけられたときは、『感覚』が変わる。『見えるもの』が変わる。普段と同じ景色を見ても、いつもの人と会っても、そこには昨日とは違う自分が居るのを実感できる。
それは自分のモチベーション、感情を躍動させる。
学ぶことが楽しくなる。

そうしたら、そこから大きな一歩が踏み出せるはず。
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