心地よい揺さぶり
2006-03-31
九段下、武道館や靖国神社のあたりはもう桜きれいに咲いてました。
観光ツアーの団体さん、カメラを手にして思い思いの写真を撮ろうと真剣な表情のカメラ(写真)好きの人たち。朝から結構な人出があり、狭い歩道がさらに狭くなってました。
ゆっくり桜を見ながら心の洗濯をしたいなと思いながらもそうもいかず、今日のところは短い時間で携帯で何カットか写真を撮るだけ。
北の丸、武道館へ通じる田安門の入り口で深呼吸してみると、やっぱり心地いい。人も車も多い都会の真中だけど、沢山の花を咲かせている桜がエネルギーをくれる。
ワークショップ
2006-03-29
SLAのワークショップには、「HPを見て・・・」「ネットで役者のワークショップを探してて・・・」という方からの問い合わせがあります。何故参加する気になったのか?
「楽しそうだから」
「芝居の勉強ができるところを探していたから」
という人が多いです。
俺はもっともっと沢山の人に出会いたいし、“芝居”というものを通して参加者の人には色んなことを発見して欲しいと思ってます。“芝居”というものを一線を引いて考えるのではなく、もっと身近に感じて欲しいとも思います。
基礎である発声練習にしても、『こんな声が出るんだ!』という驚きや、感情と体と声の関係、その繋がりに気づかされることは沢山あります。
自分で自分の内面を活性化できるようにもなります。
色々な人たちと様々な空間を作り出し、共有することは楽しいことです。
そこには嘘の無い感情のやり取りがあるんです。
沢山の人達と出会い、心がのびのびする空間を広げたいと思ってます。
芝居は自己表現!!
2006-03-25
芝居=自己探求、自己発見、自己表現 俺はこのことが全然分からなかった。いや、「分かってなかった」ということを知らなかった。
例えば、架空の設定の人間を演じることが、何故自己表現なのか?自己発見とはどういう意味なのか?何を見つけるのか、見つかるのか?自己探求とは何をどうするものなのか?
それもそのはずだ。芝居というものを知らなかったんだから。
今はそんな自分が懐かしい気もする。
人はそれぞれ自分のデータを持っている。「海」という言葉から思い浮かべる海(イメージ)が人それぞれ違うように、「怒ったとき」「悲しいとき」「楽しいとき」の表現の仕方が人それぞれ違うように、みんな自分の中に自分のデータを持っている。
芝居においては、いままで生きてきた過程で自分の中に蓄積されたそのデータを、台本という架空の設定で生きる役の人物を立体化するために使うことになる。文字にするとややこしいかも知れないけど、「素の自分」「裸(心が)の自分」を出せるかどうか。そして「素の自分」というのは単なる日常の自分自身ではなく、役の人物としての「素の自分」「裸(心が)の自分」のこと。
ここを勘違いすると『勘違い役者』になる。
「素の自分」「裸(心が)の自分」を出すというのは、言葉にすると簡単だが実際は大変なことだ。ましてや自分の意志で「アクション/カット」の声にあわせて役と自分の「ON/OFF」を切り替えるのは容易じゃない。
俳優はそのトレーニングの中で、また仕事で、普段の自分自身の奥に眠っている別の顔を持つ自分に出会う。それを引き出す。そして自由にコントロールする。しかしそこに至るまでの過程はまさに『Emotional Journey』。思いっきり悩み、トラウマにもぶつかり、なかなか乗り越えられない壁の為にボロボロになったりもする。
しかしそれを一つずつ克服し、自分の心の中に自分で踏み込んで行く勇気と強さをもち、眠りから覚めた新しい自分に出会うことを楽しめるようになったらこんなに素晴らしいことはなかなか無い。
俺自身、自分の心の中に踏み込んでいくのはとても怖い。でもそれ以上にそこには何があるのか見てみたい。
『自分は何故俳優の道を行くのか』『何のために』『自分の人生の意味とは』・・・
探しながら、一つ一つ見つけて表現してゆく。
終わりの無い旅のような気がする・・・。
“流れ”というもの
2006-03-21
自分のことを振り返り、また見つめなおして整理整頓し、これからの自分の人生の設計図を作り直しているところなのです。それは3月一杯でやりきらなければならない。何故かと言うと、体がそう感じているから。自分自身と今までやってきたこと、そして周りで起きることが、うまく歯車が合ってきているようだ。
今月中に全ての準備を整えて、来月は改めてハイテンションでスタートを切る。『細心の準備と大胆な行動、信念の強さと柔軟な対応力、そして原動力となる情熱』ということを改めて自分に何度も言い聞かせる。
面白いことや楽しいことは、待っていても何もない。自分で作り出してこそ楽しめるし味わえる。
ただ心機一転と想い、ブログのテンプレートを変えてみたけど、俺はPCにそれほど強くないため、非常に時間がかかってしまった。それだけで一仕事だ・・・。 ハァ。
さぁ、準備、準備。
Make it happen! Let’s have fun!
発声 with Something・・・
2006-03-18
SLAのワークショップで行う発声練習では、「声を出すこと」と同時にも1つ、2つ、3つ、と集中の対象を増やしていきます。たとえば声を出しながら、
・目線を1点に決めてそこから目をはなさない。
・歩きながら(体を動かしながら)やる。
・パートナーと目を合わせて行う。
・感情、意志のキャッチボールをしながら行う。
などなど・・・。
俳優は、仕事にあたって同時にいくつもの集中が要求されます。「立ち位置は?」「セリフや動きのタイミングは?」「芝居の“間”は?」「目線はどこか?」・・・。それらに全て対応できなければいけません。
傍から見て簡単に見えるエクササイズ1つをとっても、その中には「集中力を養う」「声と感情と体をつなげる、自由にする」「普段の自分ではない自分を引き出す」・・・など、色んな要素が詰まっています。そういったことに自分で気づき、消化して自分のモノにしていきます。
しかし最初は難しいことはさておき、まずは心も体も躍動させる。楽しんで動く事が大切です。
自分が思ったこと、やろうとしたことを『間違ってないか?』『怒られないだろうか』などと思って安全策をとるよりも、まずは『やってみる』ことです。
SLAのワークショップでは、よく「声と一緒に自分の感情をパートナーに思いっきりぶつけてください。どんな感情でも構いません。体も声もフルパワーで!!」という指示がでます。そのときには遠慮せずに「怒り」「悲しみ」「喜び」「嫉妬」「絶望」「希望」「葛藤」「混乱」「愛情」などその瞬間に体から“パっ”と閃いたものを出してくれればいいんです。
そしてフルパワーで感情も声も出しているところにさらに指示が入ります。
『もっとお腹から大きな声で!』『もっと体で表現して!』『目線をはずさないで!』などなど。
これがもっと発展してくると、
『声も感情もフルパワーで、しかし体は動かさずに』
『“先輩と後輩”“上司と部下”“おまわりさんと泥棒”“恋人同士”“兄弟”という特定の関係や設定をつくって』
やったりします。
まずは遊びのつもりで思いっきりやってみること。
そして慣れてきたら、そのエクササイズは何のためにやるのか、どんな要素があるのか気づくこと。そしてもう1歩も2歩も深く突っ込んでみることです。
更新遅れがちでしたが・・・
2006-03-17
自分自身の人生を作ることも、俳優としてキャラクター創り上げることも、同じ事だということが最近つくづく思います。人にはそれぞれ「やりたいこと」「手に入れたいもの」「なりたい自分」がある。そしてそれに向かって進んでいく。その途中には壁もあれば邪魔が入ったりもする。しかしそれを乗り越えることで人は成長する。
作品の中の架空のキャラクターにおいてもそれは同じ事。現実の人間との違いは「台本というストーリーの中で生きている」こと。
学べば学ぶほど、自分が何も知らないでいたこと、出来ていなかったことに気づいていく・・・。
でもだからこそ、自分にとっての発見が色々とあり、前に進んでいける。その力も湧いてくる。
今はやっと学んできたこと、やってきたことをもう一段階深く理解し、実感し、体に入り始めてるのを感じる。
CHILD IN YOU
2006-03-10
『CHILD IN YOU』「内なる子供」「自分の中の無邪気な部分」「純粋な部分」「自分の核になる部分」「心の奥底にある何か」「潜在意識の中の自分」「本当の自分」・・・。
この『CHILD IN YOU』という言葉に最初に触れたのはやっぱりダンさんによってだった。
「『CHILD IN YOU』が騒ぎ始め、自分の表現の場所を探し求める。」
そう言っていた。
人は生まれてから育つ過程で色んな事を学び身につける。それと同時に自分が傷つかないように、一つづつマスクをつけ、壁をつくる。そして本当の自分の顔を出さなくなる。人が裸で外を出歩けないように、心にも色んな服を着せる。
しかし『CHILD IN YOU』は騒ぎ始め、叫びだす。
「自分を表現してくれ」と。
潜在意識か心の奥か、魂と呼ぶべきものか、とにかくそれは確かにみんなの中にある。そしてそれは自分の知らない顔を持っている。まだ出会ってない自分、眠ったままでまだ目覚めてない自分がそこにはいる。
俳優は架空の世界、与えられた設定、キャラクターに入り込むことによって、新しい自分と出会います。俳優という仕事、芝居というものは自己を発見し、表現し、また探求する。そして向上させてゆく。
自分の中の『CHILD IN YOU』が騒ぎ始めたら、それに気づいてあげましょう。いつもとは違う角度で自分を見つめたり、もっとしっかり向き合ってあげましょう。それは「ささやき」なのか「呼びかけ」なのか「叫び」なのか。自分の心の声に耳を傾け、変化を恐れず行動に移せたら、新しい発見に出会うでしょう。そしてそれは自分の人生を大きく変える何かかも・・・。
STORY S#22 人として男として
2006-03-06
日々繰り返されるアルバイトの毎日。週一回の芝居のレッスン。時間を見つけてはセリフ、芝居の練習をする。アルバイト先の立ち食いそば屋には何の刺激も面白味も見出せなっかた。いつもと同じ顔ぶれでいつもと同じ作業。常連の客、業者、景色。
新橋というオフィス街。サラリーマン、OLを中心として様々な人たちが行く。多くの人たちは無表情に見える。夢や希望などどこにも持っていないように。
俺は自分に言い聞かせる。
『あんな“生きて”ない顔には絶対にならない。』
しかし彼らは俺の持っていないものを持っている。安定した収入と生活。給料とボーナス。家庭、車、家、など手に入れたもの、守るべきものがある。
俺はまた自分に言い聞かせる。
『芝居、俳優という仕事なくして俺の人生は成立しない。』
普通に現状を考えると、大人として男としてとても胸を張れる状態ではない。
収入も少なく、地位もない。何かを成し遂げたり、創り上げたりしたわけでもない。自分に付いてくれているスポンサーや後ろ盾があるわけでもない。
社会から自分を見たときには、『夢ばっかり見て何やってんだ』と言われても仕方ない。
しかし何かをやろうとするなら他の何かを犠牲にせざるを得ないということも事実だ。
大事なのは『我慢』。
だが今は自分の思い、パワーをぶつける場所がある。先へ進むために具体的に何をしたらいいのかを学べる場所がある。それだけでも幸せなことだ。
2回目のショーケースに向けての具体的な進行はまだ明らかにされてなくても、噂や雰囲気で少しづつ何かが動き出しているのがわかる。
俺が今出来ることは『いい芝居』を見せることではない。ちゃんとしたトレーニングを始めたばかりの俺に『いい芝居』『素晴らしい演技』など出来るわけがない。では何をしなければいけないか?
『自分の持ってるものを全部出し切る』ことだ。毎週のトレーニングで自分のやれること、やってきたことをダンさんと他の生徒の前で、そのプレッシャーをはねのけて出し切ること。
実際このスタジオのレッスンにおけるプレッシャーは、他のどの養成所や劇団、ワークショップにもないものだ。
レッスンには見学も含め1クラス20から30人程が参加するが、その人数の集中がただ1点、パフォーマンスをする人のみに注がれる。何十個もの目がただ一人、一組の生徒の一挙一動、一言一言を刺すように、食い入るように見る。
そしてダンさんは、今目の前で行われたパフォーマンスについてコメントをくれる。どこが良かったか、悪かったか。それは何故か。その生徒の抱える問題点。それを克服するために必要なこと。次の段階への課題・・・。その内容は詳細多岐にわたり、もし生徒が嘘をついていたとしてもそれは全て見抜かれ、引っぺがされる。
それを知りながらパフォーマンスの場に上がる生徒のプレッシャーは相当にきつい。もし準備不足なら、そのパフォーマンスは一瞬で終らされる。
まずはこのプレッシャーに負けずに自分の全てを出し切ることが俺の挑戦だった。




