勇気という名の希望

 2008-08-06
この映画をまだ観ていない方がいらっしゃったら、是非観ていただきたいです。

ヒロシマナガサキ

ヒロシマナガサキ(原題:WHITE LIGHT / BLACK RAIN : The Destruction of Hiroshima and Nagasaki)
去年製作された映画ですが、今年の夏も各地で上映会があるようです。DVDのレンタルでも観れます。
監督はスティーヴン・オカザキ氏、ドキュメンタリー映画です。
実際に原爆の被害に会われ被爆し、その傷とともに生きていらっしゃる方々の生の声が収められています。その映像は衝撃的です。
インタヴューを受けている方々が当時の生活の様子や原爆の落ちた当日のことを語るその言葉は非常に生々しく、そして鮮明です。
普通、辛い体験を誰かに語るというのはそれだけで辛いものです。ましてそれが原爆の体験となると「語る」ことの精神的負担は想像を絶するものと思います。中には「絶対に人には話さずにおこう」と決めていらした方もいます。
思わず目を背けたくなるような映像もあります。聞くのが辛い言葉、話もあります。しかしそれらも全て現実に起こったことです。そういったものこそ、しっかりと見、聴かなければなりません。そして忘れてはならないのです。
彼らがどんな目に会い、その後の人生をどう過ごしてきたか・・・、何を思い何を感じて生きてきたのか・・・、しっかりと受け取るべきだと思います。
この国の忘れてはならない歴史の1ページです。

そしてまた特筆すべきは、実際に原爆を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」に搭乗していた元米軍兵士や原爆の開発に携わった方々にもインタヴューがなされていることです。
命令により爆撃機に乗り込み、任務を遂行したものの・・・彼らは言葉を失ったと言います。原爆の爆発を見て喜んだ人は一人もいなかったそうです。
原爆を作り、投下した彼等自身もまた、心に大きく深い傷と悲しみを負っていました。その後の彼らの人生にとてつもない影響を残しました。
そしてまた、この映画を観るまで俺は知りませんでしたが、被爆者の方を救う為の運動がアメリカであり、実際に25人の被爆女性がアメリカに渡り整形手術を受けることができたそうです。
もし立場が逆だったなら、日本は、日本人は同じように救済の手を差し伸べただろうかと、考えてしまいます。

自分が生まれ育った国、日本。そう遠くない過去に何があったのか・・・。俺達の世代が受け継ぎ、次の世代へと伝えていかなければならないものがあります。



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リメイク作品低迷・・・やはり。

 2008-05-31
 こちらの記事に、故黒澤明監督の作品のリメイク作品について、興行的に低迷しており今後のリメイク作品の企画そのものに暗雲が漂っているとありました。
 記事の中で興行的な低迷の理由をいくつか上げていますが、その大きな理由として「俳優陣の起用方」が上げられていました。「若い世代の動員を狙ったキャスティングであるもののそれほど効果は無く、年輩の方たちには逆に敬遠される」と言う見解。
 あるスターのファンを動員するためにその人をキャスティングするというのは、営業的に必要なことでもあるのでしょうが、それが「良い作品」「売れる作品」に結びつくかどうかは、別であると思います。やはり「質の高い作品」を作れるかどうかだと思います。キャスティングに関してであれば、「その作品」「その役」に本当に必要な(興行的な面だけでなく、作品面から見て)俳優、最適な俳優を起用するべきだと思います。
 故黒澤監督の作品であれば、それだけで話題性は充分であり沢山の人が関心を持つと思います。全く無名の俳優を広く募集しオーディションによって抜擢し、メインキャストに据えるという冒険をしても良いと思います。そうすれば俺にも出演のチャンス、可能性が増えるし(笑)。

 例え宣伝費が充分でなく上映劇場の件数が少なかったとしても、作品が面白ければクチコミで観に行く人も増えるし、話題にもなる。またその方が「伝説の作品」にもなります(笑)

 記事で取り上げられていたのは「椿三十郎」「隠し砦の三悪人」。どちらも三船敏郎さんを始め、生命力、活力に溢れた存在感のある、とても人間味のある俳優たちが沢山出演しています。
 映画の内容やスタイルなどのこともありますが、ただでさえリメイクは難しいと言われます。ましてや故黒澤監督の作品は非常に力強く強烈です。一つ一つの作品、1シーン、1カットが考え抜かれこだわり抜かれて作られている。作品自体もその仕事振り(俺は本やドキュメントの映像でしか知りませんが)もまさに尊敬すべきものです。
 リメイクを作るべきではないとは思いませんが、作品に関わる全ての人に『偉大な監督と偉大な作品に挑み、絶対に超えてみせる』という気概が、まずは必要なのではないかと思います。そしてそれは必ず作品に表れます。
 撮影技術やCGなど日々進化しているものもありますが、忘れてはならないはずの「精神性」をもっと大事にするべきだと思います。
 

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字幕が読めない?!歴史を知らない?!

 2008-05-13
 映画の字幕が読めない若者、中学生レベルの歴史的事実を知らない若者が増えていると言うニュースがありました。
 記事はこちら
 この記事がどの年齢のどのくらいの若者を指しているのかはわかりませんが、俺には大問題です。
 こちらにも関連の記事がありました。
 
 日本において日常的に使用される漢字が読めなくてどうする?歴史や現代の社会情勢をを知らずして未来に何を描くのか?
 これではどんなに素晴らしいモノがあったとしても、その価値を受け取ることはおろか、それを知ることも出来ない人達が増えていくだけなのでは?
 こんな状況ではますます日本が幼稚化していくのではと心配にもなります。もう少し時が経てば彼らも30代40代となり社会の中核を担っていくことになる。その時が不安です。そして彼らが親となって子供を育てることを考えると・・・ゾッとしますね。

 映画に関してはここ数年、日本映画は製作本数も増え、人気も出てきているということの背景にはこういったことも潜んでいたんですね。漫画が原作の映画も沢山作られているのも納得がいきます。
 俺は基本的に外国映画の吹き替え版はほとんど観ません。出演している俳優の芝居と声をあてている声優さんのテンションや感情、リアリティがあまりにもかけ離れていることが多いと感じるのです。確かに字幕を追ってしまうとそれだけ注意が字幕にとられますが、吹き替え版を観ているとそれ以上に映像と声に“違和感”を感じてしまい気持ちが悪いのです。しかし彼らはそういうことも感じないのでしょう。知性も感性も全く子供のままです。いや、むしろ子供の方が上かもしれない。
 
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レベル13

 2008-04-29
今日DVDで観ました。タイの映画です。
level13.jpg

『レベル13(サーティーン)』
 ジャンルで言うと、「オカルト」「サイコ」「スリラー」ということになると思いますが、俺は普段この手の映画はあまり観ません。あまりにショッキングだったり気持ちが悪くなるのは嫌なので。それでもこの映画を観てみたというのは、一つはタイの映画であるということ。もうひとつは気まぐれです(汗)。
この映画、相当にショッキングです。幾つかこの映画の感想を書いているブログも観ましたが、みんな一様に同じような感想。特に問題の「レストランのシーン」に関しては例外なく同意見が見られました。俺ももれなく同意見です。あまりにショッキング過ぎて思い出したくないです。
 作品自体は面白く、よく出来た造りだと思います。映像や芝居に粗い部分もあるのですが、ストーリー展開や映像の力がそれを忘れさせてくれます。
 良いと思える作品には皆エネルギーがあります。観るものを惹き付けるエネルギーです。この作品にもそれがあります。

 ストーリー:失恋、リストラ、借金と苦境の主人公のもとに一本の電話が入る。それは「電話によって告げられるゲームを消化していけば大金が手に入る」というもの。レベル1から始まったゲームは次第にエスカレートしていく。そして主人公はいつしか「ゲーム」から逃げられなくなっていた。・・・

 似たようなストーリー、 展開は他の映画にもあります。しかしこの映画で流れる各ゲームのショッキングな映像は、俺の中では最近見た映画の中ではダントツでした。あまりに生々しく感じた・・・。
 ちなみにこの映画はタイの漫画が原作らしいです。漫画が原作というのは流行りなんでしょうかね。
 俺としては人に勧める映画では無いですが、もし観たら必ず誰かに話さずにはいられない映画であるとは思います(^^;)。

 それから上のポスターはタイでのオリジナルだそうです。こちら↓が日本版ポスター。
level13jp.jpg

このポスターの変わり果て様についてブログで触れ、「何故わざわざカッコ悪くするのかわからない」と言っていらっしゃる映画好きな方もいらっしゃいました。全くその通りですね・・・。


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『説明』の必要性、『説明』の仕方

 2008-04-26
 以前(かなり前)に読んだ故黒澤明監督の本の中の言葉で、それを読んで以来俺もずっと大事にしている言葉を紹介してみたいと思います。

 「説明しなきゃわからないようなものは、説明したってわからない」

 この言葉を読んだ時、俺の身体には衝撃が走りました。それまで映画やテレビのドラマを観て何と無く何かが引っかかっ悶々としていたことが一気に晴れたような感覚。この言葉に「良い作品とそうではない作品」「カッコ良い作品とそうではない作品」「上質なものとそうではないもの」を分ける一線があると感じました。
 作品の設定や状況を観ている側に伝えることは大切なのですが、問題はその伝え方だと思うのです。作品によっては俳優のセリフにそれを頼り、観客に情報を伝えようとするものもあります。しかしそういう場合、多くは「そのシーン」「そのセリフ」が『説明』であることが観客に伝わります。俺はその瞬間に『説明かぁ』とちょっとがっかりしてしまいます。
 説明が必要なら観ている側に「説明」であることを感じさせずに情報を伝えることが大切だと思います。それが作品、仕事の質を高めることにも繋がると思いますし。
 そして作る側に「説明しなきゃ観ている側がわからないだろう」という考えがあるなら、それは違うと思います。観る人だってちゃんと考えて観ています。
 人間がある状況でどんな行動を取り何を言うか、周りにどんな人がいて何が起こっているのかを観れば大体のことは伝わります。問題はそれをキチンと描けているかどうかだと思うのです。
 試しに名作と言われる作品(DVDでも何でも。洋画の場合は字幕も消して。)を音を消して観て見ると良いです。セリフや効果音が無くてもちゃんとストーリーが伝わるはずです。

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打ち上げに行ってきました(^^)

 2008-04-25
 昨日は9月に公開になる映画の撮影終了打ち上げに行ってきました(^^)
 映画というものは本当に多くの方々が関わって作られていきます。打ち上げにも沢山の方がいらしゃっていました。
 俺もお世話になった方々にご挨拶をし、楽しく過ごさせてもらいました。
 この映画は“絶対に出演したい”と願っていた監督の作品だけに、俺としては喜びでいっぱいでした。撮影に参加できたのは3日間と少ないですが、しかし想いの沢山詰まった3日間です。プロデューサーさんや監督さんを初め、メインキャストの方々の挨拶からもこの作品に対しての想いが伝わってきました。長い準備期間中を経て撮影に入り、そして終了を迎えられたこと、それにまつわる色々なエピソードを語られる中でそれらは伝わってきます。
 打ち上げの雰囲気も明るくて、すごく素敵でした。
 映画はこれから「編集」「仕上げ」「宣伝」という大切なプロセスに入ります。素晴らしい作品になることを願ってやみません。

 ただ、打ち上げでの心残りは、料理を楽しむ時間がなかったこと(^^;)人を見ていると本当に面白く、話し込んだりもするので、気が付いたら料理は「あ・・・(汗)」という感じでした。しかしワインはしっかりと頂きました。美味しかったです。赤ワインだけでも何種類か用意されており、いつか楽しむことができました。最後に杏仁豆腐は食べられたので良かったです。これはすごく美味しかったです。

 打ち上げの最後には、映画の主題歌が弾き語りされて会場は大盛り上がり。本当に出来上がりが楽しみです。
 ポジティブなパワーを持っている人、またそういう人達が集まる場所というのは、そこにいるだけでこちらもパワーがもらえます。そういう方たちと是非多くの時間を共有し、良い仕事をしたいといつも願っています。

映画担当・・・?

 2008-04-21
 某スポーツ紙のサイトの映画担当さんがオススメする映画の記事です。

3週間前に映画担当となったばかり。劇場に足を運んだのは何年ぶりだろうか。しかも、1人で映画館を訪れたのも初めて。でも、記念すべき初挑戦の映画評なので、せっかくならばとアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた世界的作品を選んだ・・・云々

 何故・・・何故でしょうか?何故何年も映画館にすら行かないような人を映画担当にして記事を書かせるんでしょう?
 音楽を聞かない人が音楽の仕事が出来ますか?絵に興味のない人が絵を語れますか?本を読まない人が書評を書けますか?絶対にNO!です。そんなことは出来ません。そんな人がいたとして、その仕事に価値はありません。
 実際この方の記事を読んでみると、俺には映画評とは受け取れなかった。「オススメする映画」の評論のはずなのに、どこが良いのかどこが悪いのか、何がその映画の魅力なのか?全く書かれていない。何をオススメしたいのか全然わからない。
 『書けない』というのは『感じられていない』ということです。『目には写っているけれど“見えてない”』『音は聞こえているけれど“受け取れてない”』ということです。
 また、この方は「他国の歴史への感情移入は難しい」とも述べていましたが、それは観る側の問題です。アカデミー賞の外国語映画賞は世界中のあらゆる国から各国の代表として参加する作品の中のトップの数本だけがノミネートされます。そのうちの一本なのです。俺はまだその作品は観ていませんが、アカデミー賞の作品紹介のVTRを観ればその作品がどんな力を持っているのかは伝わります。そういった作品を製作するにしても膨大な時間と労力、愛情と情熱が注がれたはずです。
 作品が『伝えたいことを伝える力』を持っていることは大前提ですが、しかし受け取る側も『受け取る器』が無ければ受け取れません。
 記事を読んでの感想はまだまだありますが、少なくとも映画に関わる仕事をするならば少なくとも映画を好きでいて欲しい。しかしそれも感じられなかった。

 俺にとってはあまりに悲しい、そして腹立たしい記事でした。
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